うつ病対策に効くサプリメント→予防医療という視点に立ったダグラスラボラトリーズ

人間関係とうつ病

中学時代の思い出は暗い感じでした。

今でこそ、それほど苦痛を感じませんが、

中学卒業してからの4~5年くらいは思い出したくもない記憶でした。

うつ病にかかるといつもの自分とは違うぼ~とした性格になることで

周囲から人が離れていき、

教室でもいじめられはしないが、

すごく浮いた存在だったことでしょう。

なので、

自分のことを何も分かってくれない周囲のことをすごく嫌っていたのも事実です。

だから、早く中学を卒業したいという気持ちと

高校は地元の中学の子らがあまり行かないような

少し遠方の公立高校を受験しました。

結果からいうと、

高校は心機一転して、

自分の知り合いがいないところにいったのは正解でした。

知ってる人がいる苦痛からは解放された感じです。

いじめはなくても、一緒の中学というだけで

毛嫌いしていた小さな自分でしたね。

中学受験時にはそれほどうつに悩まされなくて、

無事に合格をした高校にいくことに。

元気に通い続けることができたのか?

また、うつ病に悩まされることになったのか・・・?

その続きをまた、少しずつ書いていこうと思います。

うつ病に負けるな!最低限公立高校へは行く!

不登校気味であっても、

出れる時に出る、出席日数をある程度確保して、

試験があるときには試験を受ける。

言葉で表すのは簡単ですが、

これを忠実に行うには、うつ病の人にとっては酷ですね。

しかし、自分は最低限人並みに公立高校に行くということを考えていました。

だから、自分自身の成長の芽を潰さないために

心が折れそうな時もありましたが、

両親の応援の元、できる範囲内で生き抜きました。

頭が真っ白であっても行けるときには行く、

誰かに変な目で見られているかもしれないけど、

その時の自分は確かにそんな状態の自分なんだと受け入れて、

何というか心身に鞭を打っていました。

自分のことはお構いなしに時間は刻一刻と流れ去る。

病気が治ることを時間は待ってはくれない。

だから、行きたくない学校へ、誰にも会いたくないのに学校へ、

通えるだけ通いました。

なんとか学校へつらいのに行き、

帰ってきたら泣いたこともしょっちゅうでした。

病気の状態が苦しくて、死について考えることもありました。

それでも、いつか自分は元気になる!

元気になった時の自分をがっかりさせないためにも、

今できることを精一杯やるしかない!

そんな意気込みもありました。

こんな気持ちを僅かながらにあったので、

自分を保っていられたのかもしれません。

なぜ、うつ病になったのか、うつ病と闘うことになったのか・・・、

この時の自分では分からなかったし、どうすることもできなかった。

昔のことではありますが、

10年以上も前のことですが、

公立高校へはもちろん合格することができました。

ありがたいことです。

精一杯生き抜く人に神様は見捨てたりはしません^^/

 

うつ病からの不眠症の恐ろしさ

当時、うつ病ということで、無気力や虚無感などがありましたが、

それだけではありませんでした。

夜にまったく寝付けないという不眠症の症状もありました。

布団に入っても、眼をつむっても、朝まで全く寝れない日がざらにありました。

ぼ~としている状態なので、眠れないと思っていて気付くと

朝の4時くらいになっていて、新聞配達のバイクの音で気づくこともありました。

睡眠をしっかりとれていない状態なので、その日の体調はとても悪いです。

悪循環が悪循環を呼ぶとはこのことです。

学校を休みがちということもあり、早く治さなきゃという焦りの気持ちもあり

余計に寝るということへのプレッシャーがあったのでしょう。

これもうつ病になったつらい経験の一つでした。

さて14歳~15歳のころのお話をしていますが、

現在20台後半の私ですが、うつ病から解放されてからというものの

毎日元気で、不眠状態になることは全くないという現在です。

どうして元気になったのかをお伝えしたいこともあり、

しばらくは自分自身の体験談やその時の心境をお話することになりそうですが、

この体験を共有し、何かのヒントとなれば幸いです。

また、今後自分がうつ病から脱却する方法なども公開する予定です。

何にしてもこのブログで元気になる人が一人でも増えてくれることを強く願っています。

なので、お役に立てるコンテンツを目指して、

また自分自身のことを振り返り、

自分自身の生きる糧にもしていきたいと思っています。

今日もこのブログを読んでくれた人に感謝いたします。